短編など投稿

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短編5:imagine

 イヤホンから流れ出した曲は、いつも通りジョン・レノンの『imagine』。僕はこの曲が昔からずっと好きで、小さい頃から家族でどこか出かける時は、ママがいつもビートルズベスト・アルバムをかけてくれたっけ。おかげで今は、僕もすっかりビートルズ・フリークスに育ってしまい、音楽プレーヤーの容量いっぱいにビートルズの曲を詰め込んだ。

 

 最近、歴史の授業でちょうど『imagine』が作られた20世紀の歴史について勉強した。当時はまだ人種差別が根強く存在していて、たくさんの人が根拠もなく虐げられていたという。ジョンはそんな人たちのために『imagine』を作ったんだろう。もしタイムマシンが発明されて彼がこの差別なんて全くなくなった23世紀の日本にやってきたら、どんなに喜ぶだろうか。

 

 昨日、英作文の授業で、「あなたの好きな音楽をいくつか挙げて、それらについて書いてみよう」という課題が出た。僕は帰るなり机に飛びついて、ビートルズについて書いた。わからない単語は調べながら、拙い文章だとは思うけれど、『imagine』『in my life』『let it be』...とにかくいろんな曲について書いた。いつもは宿題なんてギリギリまでやらないけど、ビートルズのことについて書くのは楽しかった。僕の彼らに対しての愛を綴るのには、3ページなんかじゃとても足りなかった。

 

 そして今日、授業のはじめに僕はその課題を先生に見せた。いつもは適当にしか作文を書いてこない僕があんまりにもたくさん書いてきたので、先生は露骨に機嫌が良かった。先生はビートルズを聞いたことがあるだろうか。もしないなら、持っているビートルズのレコードやcdを全部貸してあげたっていいな、なんて考えていた。

 

 僕の作文を読み終わると、先生は僕に向かってこう言った。「あなたは普段からビートルズばかり聞いているの?なんで白人音楽ばかり聴いて、黒人音楽やアジアの音楽については何も書いていないの?この作文はひどく差別的だわ、明日までに書き直してきなさい。」

 

 

短編4:銀河

 以前、無性に何かを書きたくなった夜、酔いに任せて不特定多数の知り合いに「何か書いて欲しい題目は無いですか。」と尋ねてみたことがある。

 

 色々と返信は送られてきたものの、その殆どについてはまだ書くに至っていない。なぜなら、とても濃いタバコを吸っていた女の先輩から送られてきた「君が美しいと思うものについて書いてみて欲しい。」という題目に、私はその後数ヶ月の間すっかり囚われてしまったからである。

 

 その場の返事には「ありがとうございます!書いてみます。」と元気よく返してみたものの、私の頭には書くべきものの影すら浮かんでいなかった。

 

 「美しいと思うもの」について色々思考を巡らせてみても、考えれば考えるほど何も思い浮かばなくて、そんな自分は心底から虚しい人間だなと感じた。反対に「美しく無いもの」と問われれば、嫌という程スラスラと並べ立てることができるくせに。私の世界が「美しく無いもの」によって切り分けられているのだとすれば、それはとても悲しいことだなと感じて、気付いた時には電気もつけたまま眠ってしまっていた。

 

 それから今日までの数ヶ月間、私は頭の片隅に「美しいと思うもの」について考えるためのスペースを確保しつつ日常を過ごしていた。その間、幸せだなと感じる瞬間はいくつもあったし、感動するような出来事もたくさんあったけれど、直感的に問答無用の説得力を持った「美しさ」を持った瞬間が訪れることはついに無いまま、気づけば頭の中のスペースは他の様々によって埋め立てられていた。

 

 今晩が7月7日であることに、夜中になってから気付いた。なんとなく部屋を見渡すと、少し前に友人からもらった小さなプラネタリウムの箱があった。箱を開け、電源をつけて部屋の電気を消すと、天井には一つ一つの星座に名前が書かれた可愛らしい星空が広がった。

 

 何の気なしに、プラネタリウムの穴に目を当ててみた。眩しい光が漏れている、小さな穴。

 そこに確かに、銀河はあった。

短編3:あばずれメシア

 ここ数ヶ月で、私は本当にどうしようもない人間になってしまった。でも本当はもともとそういう人間だったのが、何かのタイミングで自分自身にばれてしまっただけなんだろう。

 

 ひとりで眠るには到底大きすぎるこのベッドの上で、私はいろんなことを考えてきたつもりだった。今のことも、昔のことも、これからのことも。そうしているほかに眠りに落ちるためのやり方を知らなかったし、そうしているのがなんだか好きだった。

 

 でも、今は違う。私にとって夜は顔もはっきり覚えていないような男のことを愛していると信じ込むための行為の時間になったし、大きなベッドはただ二人の動きにあわせて気を遣ったような音を立てるだけの無機質な隣人のようになってしまった。

 

 今隣で寝ているこの人は、さっき私の上に乗っかっていたときしきりに私の左手首のためらい傷にキスをした。私はなんだか嬉しくなって、彼に「なんで?」と問いかけた。彼は少し考えたあと、なんだかそれっぽいことを言って笑った。なんと言っていたのかはもう覚えていないが、何も答えられなかった方が幾分もましだと思った。

 

 私には、一つ決めていることがある。それは、行為をしている間も、電気を明るくつけたままにしておくということ。私がこの小さな部屋の中でつけている光が、どこかの誰かの見る夜景の一部になっている、とでも信じていないと、本当にどうにかなってしまいそうだから。

 

 

 

 

 

 

短編2:働きがいセラピー

 社会人のうち、何割が自分の仕事にやりがいを感じられていると思う?そうじゃないやつのほうが圧倒的に多いに決まってる。それもそうだ、いつも同じ服を着て、同じ時間の電車に乗って、同じ席について同じような仕事をする...そんな仕事に憧れる人間なんているはずがない。現に、今年も「子供の将来の夢ランキング」ではスポーツ選手やタレント、youtuberなんかが上位を独占した。

 

 そんなかわいそうな社会の奴隷たちに「働きがい」を与えるためにあるのが、「働きがいセラピー」というサービスだ。俺がここで「働きがいセラピスト」として働きだしてずいぶん長いが、数え切れないほど多くの社会人たちに「働きがい」を与えてきた。こんなところに「働きがい」を求めて来るような奴らだ、来た時にはだいたい暗鬱な顔をしてボソボソと「なんのために働いてるんでしょうか...」なんてボヤいている奴ばかりだ。でも、セラピーを終えて帰って行く頃にはみんな自信に満ち満ちた顔で、「明日からも頑張ります!」と笑いかけて来るようになるんだ。

 

 すごい効果だろう?現に、このセラピーを受けて「働きがい」を感じられるようにならなかった奴なんて俺の知る限り一人もいない。たったの一人もだ。何でこんなにはっきりと効果が出るのか、どんなセラピーをしてるか気になるだろう?今日は、お前にだけ特別にセラピーの「秘密」を教えてやるよ。

 

 「働きがいセラピー」で行われているのは、表向きはただのカウンセリングだ。でも、本当はカウンセリング室の机の上で常に炊かれているこのお香に秘密がある。実はこのお香の煙には強力な催眠効果がある薬品が混じっていて、これを吸った奴は「今ついている職業が自分の子供の頃からの夢だ。」って錯覚するようになる。だから客は20分程度この部屋の中で座ってるだけで強力な「働きがい」を得ることができるんだよ。

 

 どうだ?すごいだろ?だから俺は熱心にアドバイスをしているフリだけして、実際はここにそれっぽい格好で座っているだけでいいんだよ。楽な仕事だ。

 

 え?毎日こんな人を騙すような仕事してて楽しいのかって?当たり前だろ、この「働きがいセラピスト」になることこそ、俺の小学校の時からの夢だったんだから!

 

 

短編1:不毛な闘争

2xxx年、。黒人差別反対のデモに端を発した差別撤廃の潮流が世界中を飲み込んだ。黒人差別だけでなく女性差別LGBT差別、部落差別をはじめとする全ての差別を無くそうとマイノリティたちは躍起になり、実際それらは瞬く間に消滅した。

しかし、他の誰かを共通の敵にしたがるという人間の性は思っていたより強力なものであった。「差別のない世界」にも小さな、しかし確実な差別が新しく発見されるのだ。身長差別、一人っ子差別、海なし地域差別...。様々な差別たちが毎日次々と生まれては消され、生まれては消され...人間はこの不毛なサイクルから抜け出すことはできなかった。

そしてある日ある所で、また新たな、しかし特別な差別が生まれた。「頭髪差別」であった。この差別は、今までの差別とは違った。この際になってやっとわかったことだが、人間のもっとも根底で力強く根を張っている差別意識は、以外にも「頭髪差別」だったのだ。新たな、しかし不思議なほどに強力なこの差別意識は、地球を完全に二分した。

頭に毛の多く生えているものが、生えていないものを嘲る。こんな不毛な対立には、言い知れぬ魔力があった。かつて女性差別撤廃に際して必死に女性の権利を主張した人々も、黒人の自由のために戦った人々も、皆等しく「ハゲ」を差別する快感の前には無力であった。結局当然のごとく頭髪差別はエスカレートし、最終的には虐殺とも取れるような「闘争」が、数十年周期で繰り広げられるようになった。

 

一度世界中から「ハゲ」を一人残らず駆逐し、もっとも最悪の形で頭髪差別が終焉を迎えても、その次の世代には必ず新たな「闘争」という名の「ハゲ狩り」が始まるのだ。

 

そして今回、推定634回目の「闘争」が終わり、毛髪のある人々は推定634回目の勝利に歓喜した。今回の闘争で若人たちをまとめ上げ、官軍の実質的指導者となった毛髪の豊かな青年は高らかに宣言する。「長らく続いてきたこの不毛な闘争も、今回できっと終わりを告げる!なぜなら、今度こそ、地球上から「ハゲ」は完全に姿を消したのだから!」